森正通信

  • 2014年11月26日【新刊紹介】エドガー・ケーシー&ブッダ『真理のメッセージ』森正・著/田村航也・監修

    【新刊紹介】

    エドガー・ケイシー&ブッダ『真理のメッセージ』森正・著/田村航也・監修

    — 私自身は仏教徒であるにもかかわらず、ケイシーが説くキリスト教的な世界観にはなんの抵抗や矛盾も感じなかった。というより、リーディングのなかでは対象者の前世に言及するケースも多く、キリスト教が認めていない輪廻転生が当然のごとくに語られていたりするので、仏教の教えが説かれているように感じる部分も多い。さらにいえば、リーディングには宗教の枠組みを超えた宇宙の根源的な哲学が流れていることがわかる。それをケイシーは「ONENESS(ワンネス)」という言葉で表し、「真理は常にひとつである」ことを伝えようとしている。こうしたケイシーの考え方は、仏教思想を理解するうえでも大いに参考になったし、キリスト教と仏教に相通じる部分がたくさんあることもわかってくる。

     理解が進むにつれて、私はできるだけ多くの人にケイシーのことを知ってもらいたいという願いとともに、リーディングを仏教的な視点からも検証してみたいと思うようになった。もちろんそのチャレンジは無謀で、私の浅薄な知識には手にあまるものであることはわかっていたが、日本の読者がリーディングに接したときに宗教の垣根を超えたシンパシティー(共感性)をより深く感じることができればと考えた次第である。(はじめにより)—


    [著者]
    森 正(もり ただし)
    1953年生まれ
    日本大学芸術学部演劇学科中退
    現職:
    森正株式会社 代表取締役会長
    徳島県唐木仏壇連合会 副会長
    全日本宗教用具協同組合 理事
    仏壇公正取引協議会 専務理事
    徳島ニュービジネス協議会 理事 


    [監修者]
    田村 航也(たむら こうや)
    東京大学文学部印度哲学科大学院卒業
    現職:城満寺住職(徳島県海部郡海陽町吉田)

    真理のメッセージ

  • 2013年08月02日◆森正通信号外![徳島人 2013年 7月号 掲載記事 その2]

    前回に引き続き、徳島人の記事を紹介いたします。

    (記事全文)

    徳島の熟練工たちが生み出す
    新しい仏壇スタイル

    現代的な家に自然と溶け込む仏壇、ほかにない個性を放つ独創的な仏壇、自分のためのパーソナルな空間に置く仏壇。
    名工たちは続々と次の世代の仏壇を送り出している。

    徳島人2
    ▲クリックで画像大きくみることができます。

     

    仏壇はこうやって作られる!

    森正工芸(北島町)の広大な工場では、機材を乾燥し、部材を加工、塗装や組み立てまで一貫して行っている。
    どのようにして仏壇が作られていくのか、その工程を追った。

    ・乾燥
     輸入した唐木の原木を厳選。
     屋外での天然乾燥と蒸気乾燥を併用し、気の水分の含有率を平均化する。

    ・設計・デザイン・生産計画
     企画・開発部で、仏壇の設計デザインを行う。
     年間約20本の新作を発表している。
     材料や生産の管理もここでしている。

    ・木取り(一次加工)
     板材から必要な部分を選び、一定の幅と厚みに加工する。

    ・二次加工 1
     寸法表に合わせて唐木、和木を練り(貼り)合せる。

    ・二次加工 2
     機械に木を通し、部品を製造するために必要な大きさに加工していく。

    ・レーザー加工
     桜の花びらのような模様をレーザ加工することもある。
     デザインがを作ってレーザー用のデータに取り込んで加工する。

    ・三次加工
     素面に基づいた部品を作っていく。
     各部品加工のセクションごとに作っている部品は違う。

    ・塗装
     着色、刷け塗り、吹き付けなど、6〜8工程にわたって塗装を重ねていく。

    ・研磨
     塗装を吹き付けた表面をその都度、丁寧に研磨していく。
     手研磨、電動サンダー、ベルトサンダー、レベルサンダーなどさまざまな手法がある。

    ・組み立て
     素面に合わせて、細かい加工を加えて組み立てていく。大戸や障子なども吊り込む。

    ・検品
     組みあがった製品を工場長がチェック。
     色ムラや不具合がないか、細部まで検品する。
     検品が終了したら梱包される。

    仏壇には熟練職人たちの名人技が注ぎ込まれる
    仏壇メーカー森正工芸の達人

    ・前田 雅洋(66歳) 仏壇職人50年
     どれだけテクノロジーが進化しても、仏壇製造がすべて機械化されることはないと思う。
     人の手でないとできないことがたくさんありますから。

    複雑な設計図を書き起こす、森正工芸の工場長前田さん。
    最近では銀閣寺に関する文献を読み込み、その建築を模した仏壇を製造した。

    ・金原 良次(59歳) 仏壇職人42年
     仏壇作りにはいろんな製造工程があるけど、最後の組み立てをするときに一番やりがいを感じますね。
     やっぱり形になった喜びがある。

    ・山添 正(59歳) 仏壇職人42年
     17歳でこの道に入って40年超。
     一番難しいと思うのは、材料の見極め。
     材料のどこの部分が良質か、仏壇のどこに使うのがベストか。
     経験を積んだからこそわかることがある。

    現在、日本に流通している仏壇の85%は海外商品になっているという。
    そんな状況のなか、国産にこだわり、職人の手をかけ作られる徳島の唐木。
    企画から製造販売まで一貫して行う森正工芸でその極意を聞いた。

     北島町に仏壇工場を構える森正工芸。
    創立は昭和42年で、現在工場では97人が仏壇作りに従事している。
    工場では多品種少量生産で、毎日といっていいほど作るものが違うという。
    年間に約20本の新作を発表しており、商品ラインナップは800種類を超える。
    「常に半歩先を行くメーカーでありたい」と言う代表取締役の工藤潤二さん。
    現代住宅との共存を考えた新感覚の都市型仏壇も多種取りそろえる。
    「家具や建築業界の動きもチェックして、研究開発を進めています。
     いつも市場にない商品を生み出していくことを心掛けています。
     時代の先を行きすぎて1本も売れなかった、という経験もありますが」
    と苦笑する。
    阿波和紙を使い「みかげ塗り」という独自の塗装方法で仕上げた仏壇を発表するときには、あまりの斬新さに「売れるんだろうか」と不安を抱いたというが、そんな心配をよそに商品はヒットしている。
    「自由な発想でもの作りをするために、社内コンテストをすることもあります。
     就業時間終了後は機械も材料も自由に使ってOK。
     チームを作って新しい仏壇を作ろうという試みです」。
    若手から出されるユニークなアイデアが実際の商品になった例も多い。
     機能性とデザイン性を重視した現代的な仏壇を続々生み出している森正だが、一方で伝統的な唐木仏壇の探究にも余念がない。
    平等院や法隆寺などを模した「国宝シリーズ」はその最たる商品。
    職人技術を注ぎ込んだ、高度な装飾が施されている。
    「仏壇職人歴40年を超える熟練工がいてこそ作れる商品です。
     機械ではできない、人の技術ですね」と工藤さんは胸を張る。

    徳島人3

  • 2013年08月01日◆森正通信号外![徳島人 2013年 7月号 掲載記事 その1]

    『徳島人 7月号』にて森正が6ページに渡り掲載されました。
    *記事が多い為、2回に分けて紹介させていただきます。

    (記事全文)
    今どきの仏壇
    最新スタイルを追う!

    全国一の産地を誇る徳島の唐木仏壇。
    高い木工技術を持つ職人たちが生み出す仏壇は、
    高級品として全国でもその名を轟かせている。
    唐木仏壇は、金仏壇のようなきらびやかな装飾はあまりなく、
    木目の美しさが活かされているのが特徴だ。
    近年では従来の形にとらわれない仏壇が続々登場し、
    一見すると「これが仏壇!?」と驚くようなデザインのものも。
    現代の生活様式や近代的な住宅建築に合わせて進化を遂げている仏壇。
    今どきの仏壇のスタイルはどうなっているのか、見てみよう。

    優れた木工技術を土台として発展した
    徳島の仏壇生産

    木工技術長けた徳島だからこそ生まれた仏壇産業。
    生活や価値観が多様化するなかで、仏壇としての荘厳さを守りつつもその姿はバラエティ豊かになっている。

     徳島に仏壇生産の技が芽生えはじめたのは大正に入ってから。もともと鏡台や建具などに代表される優れた木工技術を持ち、それを土台として発展したのが徳島の仏壇産業だといわれる。
    「唐木仏壇」として知られるが、その「唐木」とは、高級家具や細工物などに重用されている木材につけられた総称で、黒檀(コクタン)・紫檀(シタン)・鉄刀木(タガヤサン)など、熱帯地方から輸入されている銘木だ。
    当時は中国の人を経由して取引されていたため、唐木と呼ばれるようになった。
    唐木仏壇には、屋久杉や桑、けやきなどの和木を使って製造する仏壇もある。
    これらの銘木は、格調が高く、強度や耐久性にも優れ、虫もつきにくい、乾燥性が良く木質が緻密で木目が美しい、時とともに気品が高まるなどの条件を満たす必要がある。
     戦後の核家族化と宗派の広がり、そして高度経済成長の波が家庭への仏壇普及に貢献したとされ、昭和40年代後半まで仏壇業界全体に好景気をもたらした。
    ほかの木工業者から転業する例も珍しくなかったとか。
    こうして、唐木仏壇はまたたく間に徳島の主要な地場産業へと発展していった。
    昭和49年に県内の仏壇業界を対象に、生産状況や市場動向を調べた資料によると、県内需要にとどまらず、県外の市場を目指して仏壇製造に取り組んでいる業者は40社、これに関連した下請け企業、木地屋を含めると徳島の仏壇製造業は150社とされ、そこに携わる人口は4000人〜5000人と推定される、とある。
    1社で100人近くの従業員を抱えるところも数社あり、「仏壇王国」と呼ばれてきたことにも納得がいく。
     生活観や価値観の個性化が進む現代。
    仏壇の世界も多様化し、さまざまなスタイルの仏壇が誕生している。
    装飾を抑え、まるで家具のようなシンプルな仏壇があったり、ドレッサーのような洒落た作りのものもある。
    使われる木もナラ材やウォールナット、メープルなどのインテリア家具に使われる銘木を主材料とした明るい色調の仏壇も多い。
    チェストや棚などの上に置くコンパクトなタイプも注目されている。
    今どきの住宅に合うように作られた現代的な仏壇を見ればきっと驚くはずだ。

    ▼徳島人7月号表紙
    徳島人7月号

    ▼記事
    徳島人1

    その2へ続きます。

  • 2013年07月09日◆森正通信号外![徳島新聞 2013.07.09 掲載記事]

    本日の徳島新聞に弊社の会長が掲載されました。

    徳島新聞2013.07.09

    (記事全文)

    ——地場産業である仏壇業界の現状は。

     1997年の消費税率引き上げを機に、国産品より30%以上割安な海外製品が一気に市場へ流入した。
    現在、国内で販売される仏壇の80%以上が中国を中心とした海外製品だ。
    県内の唐木仏壇メーカーは20年前に比べ3分の1の40~50社に減り、苦しい状況が続いている。
    国の財政状況を考ると、来年4月に予定される消費税率の引き上げは必要だと思うが、業界としては業績悪化が懸念される。

    ——安倍政権の経済対策「アベノミクス」の影響はどうか。

     唐木仏壇の原材料は輸入に頼っている。
    円安が進んだことで東南アジアから輸入している黒檀や紫檀をはじめ、金具や塗料、梱包材のコストも上がり、経営を圧迫している。
    一部の高級品の売り上げは少し伸びているようだが、業界の景気が良くなった実感はない。

    ——仏壇業界の将来像は。

     現在も徳島は全国有数の産地として、高い技術が評価されている。
    技術を伝承していくとともに、デザイン力を高め、伝統型にこだわらず消費者ニーズに合った付加価値の高い商品を生み出しいかなければならない。
    そうした考えを持った人材の育成も重要だ。

    ——業界として強く望んでいることは何か

     ライフスタイルが変わり住宅様式も変化した。
    従来の仏壇だけでなく、住居に合わせた仏壇の製造が求められる時代だ。
    そのため建築業界との連携の強化に取り組む必要がある。
    さらに、ニッチ産業である仏壇業界にも効果が及ぶような大胆な規制緩和が欠かせない。
    閉塞感を打開し、若い世代が希望を持てる会社にしていくことが政治の役割だ。

  • 2013年04月19日森正通信号外![Hand on. 2014 Campus Guide掲載記事]

    [Hand on. 2014 Campus Guide]

    『Hand on. 2014 Campus Guide』にて森正工芸の松井 佑汰郎さんが掲載されました。

    (記事全文)

    切る、削るは誰でもできる。
    ペーパー(研磨)で仕事が決まります。

    すべては手作業で仕上げる京指物の世界を学んだことは、仕事の中で随所に生かされています。
    森正工芸は全国にオリジナル仏壇を卸すメーカーで、部門ごとに機械を使って分担作業をしますが、やはり要所要所は手作業の感覚が大切なんです。
    今は仏壇の扉部分を作るチームで、入社1年目から最終仕上げのい研磨作業も任されています。
    切ったり、削ったりは誰でもできますが、ミリ単位よりも微細な調整をするサンドペーパーのかけ方が仕上りを左右します。
    マニュアルでは表現できない、自分の“感じ”を大切にする、それが職人だと思うんです。
    将来的には、全工程を1人で作れる最高級ラインの技術者になりたいです。

    ◆PROFILE
    松井 佑汰郎さん
    2012年 木工芸専攻卒業
    小野工業高校(兵庫県)出身

    本校卒業後、徳島の仏壇メーカー「有限会社 森正工芸」に就職。
    全体で600を超える商品を扱う製造現場で、他に2名のTASK卒業生と共に、木工職人としての腕を磨く。

    表紙 記事

  • 2013年04月11日森正通信号外![日経トップリーダー 2013 3月号掲載記事]

    [日経トップリーダー 2013 3月号]

    日経トップリーダーにて連載中の【山田 日登志のカイゼン】第60回目に『森正工芸』が取り上げられました。

    (記事全文)

    動作の見直しだけでは儲かる会社にならん

    安価な海外製品の流入で多品種少量生産にシフトした仏壇メーカー。
    長年に渡り取り組んだカイゼンの方向を確認するため、山田にチェックを依頼した。
    山田は「動作だけ見直してもムダは減らない」と指摘した。

    【今回の指導までの経緯】
    森正工芸は、仏壇・仏具の製造を手掛ける。現在は販売会社となっている森正(徳島県北島町)の製造部門とその製造子会社が合併して設立された。東南アジアから安価な仏壇の輸入が増えたため、製造部門を1社に集約し、経営の効率化を目指してきた。20年ほど前までは、山田の部下からカイゼンの指導を受けていた。当時在籍していた社員も残りわずかになったことから、工場の現状を知るために社長の工藤潤二は、まず山田に工場診断を依頼した。

     2013年1月末、山田日登志は神戸から淡路島を横断して森正工芸へと向かった。徳島は熱帯産の紫檀や黒檀を使った「唐木仏壇」で国内有数の生産量を誇り、森正工芸もそうした1社だ。
     仏壇は近年になって、生活の洋風化や核家族化でデザインの幅が広がり、価格の安いものが増えた。その分、製品の種類も増え、森正工芸はいかに効率よく多品種少量生産をするかに頭を悩ませてきた。
     仏壇は特別な商品に見えるかもしれない。しかし、現場の作業手順は家具工場とほぼ共通している。
     山田は徳島に向かう車の中で、この日のカイゼンの狙いを語り始めた。
    「森正工芸に行くのは初めてやけど、かつてはうちのメンバーが指導していたから、カイゼンの考え方は分かっているらしい。工場でもカイゼンに取り組んで月に何件もアイデアが出るそうや。」
     しかし、山田の部下が指導したのは20年近く前で、山田が直接指導したことはない。現場が取り組みやすい動作のカイゼンはできていても、作業全体を俯瞰して工場全体を管理するという意識が薄れているかもしれない———。山田はそうにらんでいた。
    「全体を見ないで、工程ごとに動作を見直す『点のカイゼン』をいくらやっても、工場の仕組みから変えないともとに戻ってしまうことが多い。つまり、カイゼンを本当に進めるには、売れ行きに合わせて工場を管理する『線のカイゼン』の仕組みが必要なんや。今日はそれを指摘せないかん」

    「こんなに在庫を持ったらあかん」

     森正工芸に到着すると、山田は出荷場から見始めた。
    「この工場は出荷場に集まった製品を、倉庫に入れるそうやな。その倉庫はどこや」
     工藤らは山田を別棟にある製品倉庫へと案内した。
     倉庫のシャッターが上がると、そこには梱包済みの仏壇がところ狭しと積まれていた。「これは何日分や。こんなに在庫を持っていてはあかん」
     山田は倉庫の様子から工場を見る前に危惧していた通りだと感じた。出荷に合わせた工場の作業ペースの管理が徹底されないため、各工程がそれぞれ作業を進めていて、部品も製品も作り過ぎになっていた。
     山田は売れ行きに合わせるため生産管理の基本となるABC分析の考え方を工藤たちに話し始めた。出荷実績を基に製品をランク付けし、出荷の5割を占める売れ行き上位の4〜5製品をAグループ、その次をBグループ…と分ける。その上で、Aグループは毎日生産し、Bグループは2日に1度作るというように生産の頻度を調整して在庫量を適正にしていく。
     森正工芸で製造する仏壇は約200種類ある。よく売れる5種類は毎月それぞれ約30本近い出荷があり、それで毎月の出荷の半分をカバーできる。これがAグループだ。
     こうして製品ごとに毎日の生産ロットを決めると製品を作るペースが定まり、管理のモノサシができる。
     この日は出荷実績データの整理が十分でなかったため、山田はこれまでの指導経験を元に話を進めた。

    たまっている部品を片付けて前工程をもっと近くにせよ

    「この5種類で月150本やから、工場が月に20H稼働するならAグループの製品は1日当たり7.5本作ればいい。毎日2品種ずつなら、1品種当たり
    2〜3本だ。残りの時間をBグループとCグループに割り振る方法も出荷実績で決めるんや」

    最終製品に合わせて部品作りのペース設定

     こうして製品ごとの生産計画が決まると、組み立てに使う部品を加工するペースもそれを基準に管理できる。
     山田は出荷に合わせた部品加工のペース管理について語り始めた。
     森正工芸では、1日に平均15本の製品を出荷する。工場が8時間稼働とすると、部品も1時間当たり約2本分を仕上げればよい。
    「塗装」や「研磨」「仕上げ」といった前工程も、1時間に製品2本ずつのペースで作業できれば間に合う。それ以上の部品を加工すると後工程に部品が滞留して「停滞のムダ」になる。「僕に言わせれば、このへんに置いてあるものは全部ムダですよ」
     つまり、製品を組み立てるペースが決まると、部品加工が遅いか早いかを判断できるようになる。部品加工が遅れている場合には、動作のムダを見直して作業ペースを早めればよい。逆にペースが早すぎる場合は隣の工程を受け持つ余裕があることになる。
    「生産ロットを決めて、それに合わせて部品の工程まで作業ペースを管理する。この視点がなくなっていたから、各自が好き勝手に動作の見直しをしていた。部品も最終製品も作りすぎになっていた」
     山田流カイゼンの発想は、ペースに合わせて正確に作ることにある。逆に言えば、動作のムダを無くしてひたすら早く作っても「カイゼン」はできない。これは初心者が誤解しやすい点だ。闇雲に動作のムダを省いても余計な仕掛かり品を増やすことになってしまう。
    「各工程の担当者が管理の視点を持てば、後工程に余分な仕掛かり品がたまっていないかを気にして、自分の作業ペースが早過ぎるか遅すぎるかを考え始める」
     山田は「とにかく出荷実績を把握して、工場全体のペースを管理できる仕組みを作ることや」と工藤に提案した。

    「カイゼンの前進には君らの意識が大事」

     こうして、すべての工程が出荷に合わせて作業することでムダを減らすと、工場全体では手の空く人が出てくる。
     同時に、工場内を片付けると工程間を近づけることができる。すると、例えば塗装や研磨の隣で組み立てができる。
     仕掛かり品の片付けと工程間を近付ける「間締め」を交互に繰り返すことで、従来より狭い場所で同じ作業ができるようになる。すると、今まで組み立て工程があった場所に製品を保管できるようになり、別棟の倉庫は不要になる。山田の指導では工場の半分が空くことも珍しくない。
     山田は工藤や生産現場の社員に向かって話しかけた。
    「いいですか。今日は工場の診断をしてくれという話だったので、問題点とその解決に向けた方針は全部説明しました。この工場なら半年か1年で20人は減らせます。後は君らが実行できるかどうかや」
     山田は工藤の表情を見ながらそう話した。
     工藤は山田の指摘を反すうしながら考えを巡らせていた。
    「山田先生と我々の問題意識はほぼ同じだった。ただ、今は若手に仏壇の製造技術を伝承するために、60歳を超える写真が30人近くいる。あと数年の間に彼らが技術を伝え終えれば、若手だけでも安定した生産ができるようになるが、急にベテランの社員に厳しいカイゼンを求めて、彼らに辞められたら、品質が落ちて海外製品との差別化ができなくなる。どこから手を付けるのがいいか…」
     工藤は、山田の指摘をどう取り入れていくかを考え始めた。(文中敬称略)

    山田日登志のカイゼン_2 山田日登志のカイゼン_1

  • 2013年04月08日森正通信号外![TOKUSHIMA NEW BUSINESS CONFERENCE 2013年2月号掲載記事]

    [TOKUSHIMA NEW BUSINESS CONFERENCE 2013年2月号]

    【私の人生を変えた 出逢い】連載第1回目に森社長のコラムが掲載されました。

    (記事全文)

     昔い話になるが、今から三十七、八年前、私が東京で学生生活を送っていた頃のことである。
    恥ずかしながら浪人をして、やっと大学にもぐり込んだものの、恰好をつけて斜に構え、アンニュイな毎日を過ごしていた。

     ある日、飲み友達のA君がやって来て、突然「アメリカに留学する」と言う。当時は、アメリカ留学といっても金銭的なことをはじめ今日ほど簡単なことではなかったので、私たち友人は彼の志を讃えて、一旗挙げることを祈りながら盛大な壮行式えお催した。
     しかし、そのあと彼がアメリカに旅立ったという話はついぞ聞かれず、まさか食い逃げしたのではと訝しんでいると、どこかの変な教団に居るらしいという噂が流れてきた。
     『これはきっと怪しげな新興宗教に引っかかったんだろう』と踏んだ私は、勇んで彼を奪還しに出かけた。
     尋ねあてた先は寺とかいうものではなく、ただの古びた一軒家であった。夜の帳が下りた広間には、きれいに頭を剃った凛々しい姿のお坊様が弟子と思しき人たちに何やら講義をしている。そこにA君は居た。彼は矢継ぎ早に詰問しようとする私を制し、黙って話を聞くよう促した。
     ひと通りの話が終わったあと、A君は私をそのお坊様の前に連れて行き紹介した。
     「君は、何だか物を書きたいなどと思っているようだが、商売人の家に跡継ぎとして生まれたことは君の宿命だ。君のしたいことが本気であれば、後々商売をしながらでもできる。だから実家に帰って商売を継ぎなさい。これまで育ててくれた親に孝行することは大切なことだ。」
     いきなり諭されて、これはきっと彼が前知識を吹き込んでいたのに相違ないと思った。
     A君が住み込んでいた近くの長屋に引き揚げて聞くと、「君のことは一切話してない」、「師匠は人の思考を見透す神通力を持っている」と言う。疑い深い私は彼と一緒にそこに残って、真贋を見極めてやろうと考えた。
     それから一週間、私はそのお寺と呼ばれている場所に滞在した。見れば見るほど、聞けば聞くほど、私が疑う材料は消えていくばかりだった。師の語る御仏の教えはもちろんのこと、いつも私の内面まで見透かしているようなその言動は、私を心底から突き動かさずにはおかなかった。
     A君を残したまま寺を辞したあと、何度もひとりで問い直してみた。そして、私は芸大を辞めて徳島へ帰ることにした。
     今年、還暦を迎える歳になり、あらためて思い返してみても、あの日あの出会いがなければ私は違った人生を歩んでいたかもしれないと思う。曲りなりでも父の家業を継いで二代目としてやって来られたことに、今は大いなる感謝の気持ちとしあわせを感じている。

    私の人生を変えた 出逢い

  • 2013年03月07日◆森正通信2013年3月号〈第114号〉!

    今回は、致知出版社・藤尾秀昭氏の講演から、障害者教育に生涯を捧げられた向野幾世さんのお話をご紹介させていただきます。

    「ごめんなさいね おかあさん/ごめんなさいね おかあさん/ぼくが生まれて ごめんなさい/ぼくを背負う かあさんの/細いうなじに ぼくはいう/ぼくさえ 生まれなかったら/かあさんの しらがもなかったろうね/大きくなった このぼくを/背負って歩く 悲しさも/『かたわな子だね』とふりかえる/つめたい視線に 泣くことも/ぼくさえ 生まれなかったら」

    「ありがとう おかあさん/ありがとう おかあさん/おかあさんが いるかぎり/ぼくは生きていくのです/脳性マヒを 生きていく/やさしさこそが 大切で/悲しさこそが 美しい/そんな 人の生き方を/教えてくれた おかあさん/おかあさん/あなたが そこのいるかぎり」

    この詩は、重度の脳性マヒで全身が不自由、口もきけない山田康文君(やっちゃん)が向野さんのいう言葉にウインクや舌でサインを出しながら、何か月もかけて作りました。彼は2か月後に15歳という若さで亡くなりました。

    お父様が障害者だった向野さんは、「ただただ合掌し続けて生きた父の手は、人は生かされてのみ生きているのだという人間観を、私に教えてくれたのです」と言い、「やっちゃんとの日々は、父とともにあった日々なのでした」と語っています。切なさの余り、目頭を押さえずにはいられませんでした。  合掌

  • 2013年02月01日◆森正通信2013年2月号〈第113号〉!

    先月、毎年恒例の断食をしてきました。30代の後半から淡路島の断食道場へ通うようになり、今年も4日ほど入所してきました。

    4日間というのは体験コースで、普通は1週間以上1か月くらいまでのコースが設定されています。どのコースも入所期間の前半は絶食し(毎食コップ1杯の栄養ジュースは出ます)、後半にお粥などで少しずつ元に戻していきます。

    絶食していて急に食べると死に至ることがあるからです。

    断食すると、想像とは逆に心身がリフレッシュして、高揚した気分になります。

    確かに、当初の2、3日はお腹が空いて食べ物のことばかり考えていますが、それを過ぎると心身が活性化して非常に元気になります。一定の期間外部から栄養が入らないと、人間は自分の体に蓄えている脂肪や蛋白を分解して栄養に変えようとするのだそうです。結果的に、新陳代謝がよくなり体が活性化するというわけです。

    入所すると、ひと通りの健康診断もやってくれますので、人間ドックに入るのと同じ効用もあります。「どうせ帰ったらすぐリバウンドするでしょう」と心配される向きも多いのですが、それも大丈夫です。リバウンドを防ぐために心理カウンセリング講座がちゃんと用意されています。

    皆さん、健康管理に是非一度断食を試されてみてはいかがでしょうか。 合掌


    【森正株式会社 代表取締役社長 森 正】

  • 2013年01月09日◆森正通信2013年1月号〈第112号〉!

    昨年末、突然解散総選挙が実施され、再び民主党から自民党へと政権交代して新しい年を迎えました。

    公共投資と更なる金融緩和を唱える安倍首相に代わり、株価が上昇し円安が進行して、市場では歓迎ムードになっています。しかし、今後は財政規律を守りつつ抜本的な改革を断行しなければ、一時凌ぎに終わってしまう可能性が高いでしょう。二度目の登板となる安倍内閣が人気取りに終わらず、本気で危機を突破して、景気が浮揚することを期待しています。

    目を転ずれば、日本にはまだ素晴らしい人財を輩出する底力が備わっています。昨年ノーベル賞を受賞した山中伸弥教授をはじめ、他の先端分野においても日本は世界のトップグループにいると言われています。この先そうした研究が結実してゆけば、日本の未来も決して悲観することはないと思います。

    新しい年を新しい体制で迎え、新たな希望の光が差してくることを祈りつつ、今年もベストを尽くして参ります。どうか本年もよろしくお願い申し上げます。 合掌

    【森正株式会社 代表取締役社長 森 正】

  • 2012年12月10日◆森正通信2012年12月号〈第111号〉!

    今年最後のコラムは、マキシミリアノ・コルベ神父のことをお話したいと思います。コルベ神父はポーランド出身で、1930年に布教のため長崎に滞在していたことがあり、国宝となっている大浦天主堂には神父に関する資料が陳列されています。

    師は1936年に故国に帰って布教活動に奔走していましたが、ドイツ軍が侵攻してきてアウシュビッツ収容所に入れられました。悪名の高いこの収容所では過酷な待遇に耐えかねて脱走する囚人がしばしばありましたが、脱走者が出ると残った囚人の中から10人が選ばれて、餓死刑に処せられました。

    ある日あらたな脱走者が出たとき、餓死刑に選ばれた囚人の一人が「私には妻と子供がいる」と悲しそうに叫びました。それを聞いたコルベ神父は「独身の私が身代わりになります」と申し出て暗い監房の中に消えていきました。

    飲まず食わずで2週間生き続けた神父は、最後にドイツ軍によって毒殺されたそうです。

    時を経て1971年、コルベ神父はカソリック教会から「アウシュビッツの聖者」として福者に列せられました。助けられた男は身代わりとなったコルベ神父のことを終生語り続け、94歳の人生を全うしたとのことです。

    先月長崎でコルベ神父の在りし日の姿を目にしながら、自らの身を捧げたその崇高な人生に深い感銘を受けるとともに、自分はこれからどのように生きていったらいいのか、あらためて問い直してみたいと思いました。  合掌

    【森正株式会社 代表取締役社長 森 正】

  • 2012年11月15日◆森正通信2012年11月号〈第110号〉!

    暗いムードが続く中、先月山中伸弥教授がノーベル賞を受賞したというニュースが飛び込んできて、思わず喝采の声を挙げました。iPS細胞の発見と言われてもよくわかりませんが、簡単にいえば細胞を初期化させていろんな部位に適合できる細胞を作り出したということです。

    受賞インタビューに臨む山中教授は若々しく、知性的で、「今回の賞は日本の国がとったもの」と話す大変謙虚な方でした。しかし、その経歴を聞けば、学生時代に打ち込んだ柔道では骨折を繰り返し、それがもとで外科医を目指したものの、手術に人の何倍も時間がかかり「ジャマ中」と呼ばれたそうです。その後研究医に転じましたが、研究費が足りなくて家族に実験用のネズミの世話をさせるような窮状が続き、「もうやめようか」と何度か思ったことがあるという話です。

    そんな山中教授を立花隆氏は「氏はこれまでのノーベル賞学者にいないタイプの人で、研究室のプロデューサーとしても卓越している」と評しています。

    iPS細胞は現在各国で開発競争が激化していますが、氏の研究室ではすでに多くの特許を出願し、実用化への研究も着々と進めているとのことです。

    「iPS細胞はこれからの医療に革命を起こす」と言われていますが、日本発の医療が人類に貢献できるようになることを大いに期待しています。 合掌

    【森正株式会社 代表取締役社長 森 正】

  • 2012年11月13日森正通信号外![2012年11月3日(土)徳島新聞掲載記事]

    [2012年11月3日(土)徳島新聞掲載記事]

    徳島新聞コラム[ぴ−ぷる]欄に弊社社長が掲載されました。

    (記事全文)
    【不正販売防止へ意欲】
     不正競争防止に向けて全国の仏壇メーカーなどが5月に設立した「仏壇公正取引協議会」。専務理事になった森正さん(59)=徳島市住吉4、森正社長、写真=は「ここからがスタート。不正防止法のルール浸透に努めたい」と話す。

     23歳で家業を継いだ当時、仏壇業界の景気は良かったが、1997年をピークに出荷額が減少。安い海外品が流入し、材質の不正表示が横行したことなどから適正業者が立ち行かなくなっている。「徳島の伝統産業を守るためにも不正販売は許してはいけない」

     副会長を務める県唐木仏壇協同組合連合会は、独自の基準を作り、不正撲滅へ努力を続けてきた。遅い業界の動きに「ようやくというのが本音。供給者側から消費者側に立った考えにならなければならない」と力を込めた。(林啓二)

    2012年11月3日(土)徳島新聞掲載記事.gif

  • 2012年10月09日◆森正通信2012年10月号〈第109号〉!

    先月は日本政府が尖閣諸島を国有化したことにより、中国各地で大規模な反日デモが発生し、ジャスコなど日本企業に甚大な被害が発生しました。その前には韓国の李明博大統領が突然竹島に上陸し、領有権を巡って日韓の応酬が続いていましたが、日韓と日中の領土問題については現状に大きな隔たりがあるように思います。

    現在、竹島は韓国側が守備隊を常駐させ、実効支配しています。李承晩時代に韓国が領有権を主張して日本の漁船への銃撃事件が発生し、犠牲者まで出ました。しかし、日本人は在日韓国人に報復しませんでした。

    反対に、尖閣諸島は中国人が住んだり実効支配したことがないにもかかわらず、日本が国有化したというだけで日本企業への襲撃や略奪を許し、「責任は日本側にある」と非難しています。暴動や略奪によって報復した上に責任転嫁までするのは、所詮未成熟国家と言わざるをえません。

    日本は、いっそのこと中国とは正反対に中国企業の安全と自由な経済活動を保障し、中国製品や中華料理を推奨して在日中国人の不安を払拭し、中国人観光客に最上のおもてなしを施せば、彼我の違いがはっきり伝わるでしょう。

    今のまま、外交で建前の応酬を続けていても埒があかないのは明白です。一歩下がって大所高所に立ち、永年友好を築いてきた隣国を責めずに成熟した大人の寛容さを示せば、自ずと世論は日本に傾いてくるのではないでしょうか。 合掌


    【森正株式会社 代表取締役社長 森 正】

  • 2012年09月03日◆森正通信2012年9月号〈第108号〉!

    先月、オリンピックの熱狂がまだ冷めやらぬ時、シリアで取材をしていた山本美香さんが銃撃に倒れたというニュースが流れました。

    山本さんは「戦火の町で苦しむ市民の姿や声を伝えたい」という思いで、身の危険を顧みず世界の紛争地域を取材していました。一方で早稲田大学講師も務めており、「報道することで社会を変えることができる」と熱い思いを込めて語っていました。

    最後となった講義の後、山本さんが学生に配ったメッセージは、『日本で暮らす私たちにとって戦争は遠い国の出来事と思うでしょう。しかし、世界のどこかで無辜の市民が命を落とし、経済的なことも含め危機に瀕している。その存在を知れば知るほど、どうしたら彼らの苦しみを軽減することができるのか、何か解決策はないだろうかと考えます』というものでした。

    「娘はヒューマン・ジャーナリストだった」とお父様が語っていましたが、戦場で女性や子供など弱者を見つめ続けた山本さんの死を悼むとともに、彼女の思いが少しでも世界に届き、戦争が無くなる日が来ることを願って止みません。   合掌

    【森正株式会社 代表取締役社長 森 正】

  • 2012年08月02日◆森正通信2012年8月号〈第107号〉!

    去年の10月に大津市の中学2年生がいじめを苦に自殺し、不審を抱いた遺族が学校や市、警察などに調査依頼をしましたが、「いじめはなかった」と適切な対応をとらなかったことが、大きな問題になりました。

    教育委員会や加害者はいじめをケンカと言い換えたり、「あくまで遊びの範囲で、自殺の要因ではない」と否定していましたが、生徒たちのアンケートが公になるに従い、「自殺の練習をさせられていた」、「ハチの死骸を食べさせられた」、「暴行され金銭を強要された」といった事実が明るみ出て、市や教育委員会の見解は二転三転しました。

    こうした対応の背景には、自分たちの保身や事なかれ主義が見え隠れしています。一人の人間が亡くなった重さより、それを問題化させないよう汲々としている姿ばかりが目立ちます。

    その根底には、「問題が存在する(起こる)ことはまずい」といった思考があるのではないかと思います。こうした考えは、太平洋戦争や福島原発の事故などで何度も繰り返されてきたことです。社会や組織が成果を期待すればするほど、締め付けをすればするほど悪い情報を遮断し、問題を隠ぺいしようとするものです。

    大切なことは、人間が生きている限り、問題が存在するのは当たり前だという認識であり、今回の事件を機に社会全体がそうした認識を持って、適切な判断が下されるようになることを願っています。  合掌

    【森正株式会社 代表取締役社長 森 正】

  • 2012年07月04日◆森正通信2012年7月号〈第106号〉!

    「日本一社員が幸せな会社」という表題に好奇心をそそられ、未来工業(株)の創業者である山田昭男氏の著書を手にしました。

    同社は、昭和40年に電気器具メーカーとして岐阜県で創業し、平成3年、名古屋証券取引所2部に上場、現在売上高は280億円、社員数780人とのこと。驚くのは、2千円も払って会社見学に来る人が年間5千人もいるということです。

    未来工業では、全社員が正社員で定年70歳、年間休日は140日で残業禁止、営業ノルマなし、鞭は使わないといった具合で、全く常識に捉われない経営をしています。

    山田氏は「日本一社員が幸せな会社にしたい」という思いで、餅を与えてモチベーションをあげる、「ここまでしてもらったらこの会社のためにがんばろう」と社員が思ってくれることを考え続ける、とのこと。

    経営方針は「徹底した差別化を図る」ことで、よそと同じものは絶対作らない、儲かっていない会社と同じことはしない、日本一(初)にこだわる、考える仕組みづくり、といった方針を貫いています。

    その独創性を支えているのが「改善提案制度」であり、様々な報奨金を設け、社員が「常に考える習慣」を身に付けさせているそうです。

    読み進みながら、不景気をものともせずこんなに頑張っている会社があるのかと、久々に大いなる刺激を受けました。 合掌

    【森正株式会社 代表取締役社長 森 正】

  • 2012年06月19日◆森正通信号外!2012.06.19

    ◆(有)森正工芸の塗装工、鳥海武夫氏が6月18日(月)の徳島新聞に掲載されました。

    社会部発・人街風「音のない世界泳ぎ 走る」
    鉄人レース20回目/北島の鳥海さん挑戦続く

     音のない世界に生きてきた。だからといって、苦しい、つらいと思った記憶はあまりない。それが当たり前だったから。「音の代わりに、目で手話を聞いている感じ。手話があるから幸せですよ」と笑顔で話す。

     42歳、鳥海武夫さん=北島町北村、仏壇の森正で塗装工として働いている。生まれたときから耳が聞こえない。トライアスロンの国際大会「アイアンマン」への出場を1999年から続けるアスリートだ。世界各地を転戦し、24日、愛知県で開かれる「アイアンマン70・3セントレア常滑ジャパン」が20回目の挑戦となる。

     通常のアイアンマンは水泳3.8キロ、自転車180キロ、マラソン42.195キロを泳ぎ、走る。常滑のように「アイアンマン70.3」と呼ばれる大会は、その半分の距離。それでも長丁場だ。

    徳島新聞記事鳥海.jpg

  • 2012年06月05日森正通信2012年6月号〈第105号〉!

    先月行われた大相撲で、平幕の旭天鵬が37歳8か月の最年長・初優勝を飾りました。今場所は横綱の白鵬に初日から土が付き、1敗の稀勢の里が優位に立っているかに見えましたが、最後は栃煌山との優勝決定戦を制した旭天鵬が見事に初優勝を飾りました。

    旭天鵬は初めてのモンゴル力士の一人で、日本に来てから20年ほどになるそうです。入門当初は、稽古の厳しさに耐え切れず何度も部屋を脱走したこともあるとのこと。入幕後も、2度十両へ陥落したり、優勝争いにからむこともあったものの、あと一歩というところで賜杯を手にすることができませんでした。その間、大島部屋を継ぐべく日本国籍を取得しましたが、親方が引退した後も現役にこだわり、自らの限界に挑戦し続けていました。

    優勝後の会見で、「正直、優勝できるとは思っていなかった。長いこと続けてよかった」と語り、魁皇の1047勝まで247勝と迫ったことについて、「遠いよ。でも近づけるように頑張る」と意欲を見せました。

    旭天鵬が今後もさらなる限界に挑戦し、新たな記録を打ち立てていけるよう陰ながら応援したいと思います。   合掌

    【森正株式会社 代表取締役社長 森 正】

  • 2012年05月02日◆森正通信2012年5月号〈第104号〉!

    当社ではこの4月に新年度を迎え、1日には恒例の決行式を行いました。

    しかし、今年度も世界経済が欧州危機を脱して安定を取り戻すかどうかはまだ微妙な情勢であり、国内でも震災の復興や放射能の除染などの課題を抱え、しばらく不安定な状態が続くものと思われます。

    そうした中、仏壇業界では公正競争規約が4月12日に認可され、新たな時代の幕開けを迎えました。規約が施行されると店頭で産地や品質の表示義務が生じるとともに、産地や品質などの偽装に対して取締りが可能となり、不正を行う業者は締め出されていくことになります。そうした意味では規約成立は大きなチャンスですが、反対に表示に見合った品質をきちんと担保していかねばなりません。

    そうした観点で、今年度は「商品・販売・サービスのクオリティーアップを目指し、顧客満足をさらに高めよう」 という目標を掲げました。お客様にこれまで以上のクオリティーをお届けできるよう、さらにベストを尽くして参りますので、何卒よろしくお願い申し上げます。   合掌


    【森正株式会社 代表取締役社長 森 正】